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自分の作品を掛けてもらえる。

自分の作品を掛けてもらえる。それは幸せなことです。それが個人の方のお部屋であれ、公共の場であれ、ほんと嬉しいですね。

この作品は中世やそれ以前に空を飛ぶことに憧れた人が、翼を身に着けられるよう拵えた初期のオーニソプターを想像して鉛筆画にした作品です。飛行装具のNo.1と題しています。それをある版画工房でリトグラフと言う手法で版画作品にしてもらいました。こちらは、宮城県にある某会社さんの研修施設に掛けられると聞いています。本日、納品。嬉しいことです。

シートでいいと言うことなので、額はいらないと言うことですね。しかし作品を丸めて納めるわけにもいかんでしょう。嫁さんに2枚の段ボールで挟んで納品すればと教わりました。その場合、段ボールのそれぞれを縦と横にして強度を持たせるようにと。なるほどですね。

今夜は中秋の名月


今夜は中秋の名月、武蔵野の夜空ではクジラの肋骨のような絹雲に隠れてしまうまでの時間、煌々と時折リングを被りながらの満月を眺めることができました。昼は、庭の柿の木の葉が紅らみ落ち始め、秋だなぁなどとメレンコリーな気分の一日でした。

Corneliusこと小山田圭吾氏が、今回の騒動についてのお詫びと経緯説明文を出されました。私はCorneliusの一ファンとして、彼をここまで苦しめ追い詰めるような裁きを社会がくだしていること、家族までをも巻き込んで追い詰めてしまう風潮に悲しさを覚えます。私は縁あって彼には何度かお会いすることがあり、話もさせていただいたことがあります。彼は今回の騒動によって世の中が抱いているようなイメージの人間ではありません。人生の軸に音楽を置き、奢ることもなく偉ぶらず、他者にも社会にもその一瞬一瞬において真摯に向き合い、誠実に生きている人です。
2017年に発売された、彼のアルバム ”Mellow Waves” は素晴らしいアルバムです。私は家でも車の中でもよく聞きました。もうアイデアの出尽くした感の否めないロックミュージックの世界に、尚も未知の音世界へ挑戦を試みて、それでいて耳馴染みのいい演奏で組み立てられた、とても聴く人に気配りの行き届いた音楽が収められていました。大人の人生経験を内包しつつも真っ直ぐな歌詞に、そしてその透明な歌声に心癒されます。小山田圭吾氏はこのアルバムで表現されたそのまんまの人です。決して報道のような悪人ではありません。
現在、彼が過去のインタビューでの言動への償いを迫られていて、彼もそれに自ら応えていこうとされいます。もしもそれが天罰なのであれば、私は彼が作ってきた音楽こそがその償いなのではないかと思います。それで、充分だと私は思います。音楽業界の方には、この騒動をしっかり俯瞰した目で見て頂いて正当な判断をしてほしいと思います。今回のことで彼の未来を奪うなどあってはならない、そう思います。

”Mellow Waves” ほんとに素晴らしい最高のアルバムです。
深まる秋にとてもよく合います。

国立国会図書館等で閲覧頂けます。

私の作品集『2億年後の博物誌』は、重ねての報告になりますが、100部製本いたしまして、今までに作品をお買い上げいただいた方と公募によりご希望いただいた方にお送りいたしました。
作品集は全て配布完了いたしましたが、東京と京都の国立国会図書館、武蔵野市中央図書館と吉祥寺図書館では閲覧が可能です。手持ちの在庫がなくなり、この作品集をご希望いただいた何人かの方々には、お渡しすることが出来なかったため、ここにお知らせいたします。
尚、貸出しについてはそれら図書館までお問い合わせください。
国立国会図書館 https://www.ndl.go.jp
関西館 https://www.ndl.go.jp/jp/kansai/index.html
武蔵野市立図書館 https://www.library.musashino.tokyo.jp/index?1

作品集とは何の関係もないけれど、パンツを履いたうちの子のダイナ。

恵比寿のギャラリー、シスに

我が家には、気に入っている同世代の画家の絵がある。2階へ上がる階段下の壁に、それは2階から降りてくるときにその絵を正面に見ることができるように飾ってある。菅野まり子さんの『希望』と言う作品だ。昨日は、その菅野まり子さんが参加しているグループ展『サーカス物語展』を見に、恵比寿にあるギャラリーシスへ行ってきた。金子國義を始め錚々たるアーティストの参加によるサーカスをテーマにした作品が並ぶ。それぞれの作家の独創的なサーカス世界の、華やかなさの中に見え隠れする陰翳を覗く楽しさを、4年に一度のお祭りが終わった小雨落ちる午後に味あうのは格別であった。https://librairie6.com/?p=3245 今月29日までだそうだ。月火休廊。そこで、菅野まり子氏より、彼女(絵)と渡邊ゆりひと氏(詩)による共作の「かるたあえ」を頂いた。宝物がまた増えた。

作品集、発送完了!

私の作品集『2億年後の博物誌』プレゼントにご応募頂き、ありがとうございました。当初抽選と申し上げましたが、今回、ご応募頂いた方の全ての皆さんに発送することができました。100部限定、予備分も全て皆様にお送りすることが出来ました。
酷暑の夏にまた熱苦しい作品集ではございますが、ご覧頂いて楽しんで頂けることを願っております。

ありがとうございました。



山へ!海へ!

山へ!海へ!
耳の中を波の音で満たし、石なんか拾ってみました。

オリンピック、始まりましたね!
開会式で小山田圭吾氏の音、聞きたかった。
自分を見つめ直すところからの再スタート。大変だと思います。でも絶対乗り越えて、また最高の音楽を聴かせて下さい。楽しみに待っています。

小山田圭吾氏に思うこと

この数日、御社発信番組、及び他社番組、またSNSやYahoo!ニュース等で、取り上げられておりますあなたのオリンピック辞任に関します報道に、意見にあるコーネリアスファンのひとりです。

最初に、小山田圭吾氏が起こしましたいじめの被害者の方には、心よりお見舞い申し上げます。その後の人生に、数多くの幸せを経験されていることを心より祈ります。そうあってほしいと、心より心より願っております。

わたしが、小山田圭吾氏の作る音楽の一ファンとしての味方なので、偏っている部分もあるかと思いますが、できる限り、出来事を俯瞰で見て記したいと思います。

わたしの見る限り、メディアに溢れる小山田圭吾氏への批判は、過剰だと思います。現在、彼は完全にいじめの被害者に見えます。社会全体で集団リンチを行なっているように思えます。彼もひとりの人間として、ひとりの子を持つ親として家族を養い生きているでしょう。現在のメディア報道によって、それすら危ぶまれる社会環境を作り出してしまっています。いじめをしたのだからその制裁を受けるべきというのはわかりますが、それを行なっていたのは、彼がまだ小・中学生。精神も未成熟の時期。このことに関して、わたしは、彼だけが悪いのではなく、彼の周りも、家族も、学校もその周りの社会も含めて、どうであったか見なくてはならないと思います。なぜ、いじめを止めさせることが出来なかったのか、を、考えなくてはならないところではないでしょうか。

25歳の一ミュージシャンに成長してからの、インタビューなども、彼がその時代に音楽活動をする上で、粋がっているイメージづくりとして売って行く以上、レコード会社またはその雑誌等より、刺激的な表現を求められていた部分は少なからずあったのではないかと思います。全ては周りが悪く、彼は悪くないというつもりはありませんが、彼だけが悪者で犯罪者のごとく、いじめを今現在も行なっているかのように報道され、社会全体の同調を煽り、彼の行き場を破壊し尽くし、「お前は地獄へ落ちろ」言わんがばかり、もう少し事件を俯瞰で見ることは出来ないのだろうか。

彼は、オリンピックを辞退しました。ファンからすると、社会の意向が判定を出したわけですから仕方のないことで、残念ですが受け入れたいと思います。

もうそこまでで良いのではないでしょうか。それ以外の仕事も全部取り上げてしまう。生きてさえいけなくなってしまうところまで追い込まないでほしい。現在の彼は何ひとつ、悪行はしていません。謝罪していない。反省をしていない、反省が足りないと言われているようですが、彼の作る音からその反省は伝わります。音楽に真摯に向き合い、世の中に幸福をもたらそうと努力されているように、彼の音楽は聞こえます。

わたしのことを少し付け加えますが、わたしは、小学生の頃いじめを受けていました。この事件に比べると軽いものですが、わたしは、全くの恨みも何もありません。お互いが未熟だったし、現在のいじめをしていた人たちの人生の成功を祈っています。

そして、小山田圭吾氏にも、彼の仕事、彼の音楽から、たくさんのたくさんの勇気をもらい、たくさんのたくさんの幸せをもらい、癒しも、パワーももらってきました。彼はそうやって、たくさんのファンを幸せにし、同時に罪滅ぼしもしているとわたしは見ています。

虐められた側のご本人が訴えられているのなら、それを聞き、事実を解明し、審判を下さないと行けないと思いますが。そこでは、お互いの言い分もあるでしょう。しかし、出された判決が事実として、小山田圭吾は受け入れ、悔い懺悔し反省しなくてはならないでしょう。しかし、それがないのであれば、彼が届けてきた音楽で十分なのではないでしょうか。

オリンピック組織委員会が彼に仕事を依頼してくれたのは、委員会から直接ではなかったかもしれませんが、彼のそういった功績、世界での活躍を評価してのことには間違いないと思います。小山田圭吾氏は、自分に白羽の矢が立ったこと、コロナで混乱しているオリンピックが自分の力を必要としているのならと、そこで、プロとして誠心誠意取り組んだことと思います。彼が提示した音には、何ひとつミスのない、期待以上の品物として納品されたことと思います。

現在、彼は、それ以外の仕事も失い窮地でしょう。コロナ禍かの中、ライブも出来ず収入も減少しているであろう頃にやっと舞い込んだオファーであれば、それは断れません。家族もある。とても可愛そうに思います。

自業自得という人もいるでしょう。謝って済むことではないという人もいるでしょう。しかしそうやって、思いのまま、そのことだけしか見ずに発言し、電波に乗せ広げてしまうことのよって、彼の家族を死の危険にさらしてしまうことを、考えてもらえないだろうか。

今後の、小山田圭吾氏の音楽に期待しています。どうか、乗り越えてください。
心より心より、コーネリアスの復活を祈っています。

天久高広作品集『2億年後の博物誌』、再度公募いたします。

以前、私、天久高広の作品集を抽選にてプレゼント、と言うことで応募を募ったのですが、まだ余裕があります。現在までにご応募いただいた方には、抽選するまでもなく皆様にお送り致します。しかも、まだ10冊ほど余ります。そこで、今月いっぱいを締め切りに再度応募を募ります。在庫部数以上の応募が集まった場合のみ抽選となりますが、作品集を見てみたいと思われる方は、今月末までを締め切りとさせて頂きますが、どうぞご応募下さい。

ご応募の場合はこちらまで、mail@amekutakahiro.com 。住所、氏名、お電話番号、メールアドレス、今後の私の展覧会DMの郵送を希望する?かしないか?をご記入頂き、着払い送付を了承の上、メール頂けますと幸いです。
https://youtu.be/1Zv1HpdmhYs

1988年作だって!

先日まで

 グループ展が終わったところで、今日はアトリエを片付けておりました。

 我が家の2階には、3畳ほどの納戸があって、作品らの収納スペースとなっていますが、そこが満杯になって、近年の化石作品はアトリエ内に所狭しと放置状態でした。

 仕事がやりにくいとは思っていたので、思い立って、2階の納戸から片付けることにしたのです。過去の在庫作品を引っ張り出し、先ずは近年の化石作品を収める。しかし、在庫作品は120号なんてのもあるし、3畳ほどの部屋が完全に埋まるほどの量が庭に出され、行き場を失う。もう展示することもないだろうし、売れることもないだろう。断捨離が理想だが、なぜか捨てられないで、ここまで持っています。

 そんな中、1988年作と裏に側記してある作品が出てきました。22歳の時に書いた絵らしい。学生時代。自画自賛だが、意外と良い感じの絵に思え投稿させて頂いた。この頃から化石がモチーフになっていたとは!

 夕方、目白の椿山荘とやらに、妻と蛍を見に行きました。写真、小ちゃくしか写っていないですね。(;_;)