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私は1979年頃当時中学2年生時、テレビで特番としてやっていた『鳥人間コンテスト』に憧れ、自作のハングライダーを作ったことがあります。それは裏山から切り出してきた竹で骨組みを組み、ビニールを貼ったカイトみたいなやつでした。作っている時期は毎晩のように自分が空を飛ぶ夢を見たものです。( ´ ▽ ` )

そして完成させいざ飛行の日がやってきて、友達や弟に手伝ってもらい、裏山の崖までそのハングライダーを運びました。そして崖に通じるその坂道を滑走して熊本の田園の空へ飛び立ちました。実は運んでいる途中に翼の端っこが木の幹に接触し折れてしまっていました。しかし絶対に飛べると思い込んでいた私は、全く疑うことなくその挑戦に挑みました。結果は一瞬だけ体が風に浮かんだのを感じた後、漫画のように崖下の林へ落下してしました。擦り傷程度の怪我で済んだ私は笑い者となりましたが、子供の頃の思い出として心の隅に大切にしまっている経験です。

レオナルド・ダビンチが飛行を可能にするための考察をメモしスケッチした手稿を残しているのは有名です。それらは現在も何らかのメディアによって目にすることができ、私たちはそのイメージらが現代の宇宙まで飛び出しそうな航空時代の出発点と思っています。しかし、それ以前にもこの空を飛ぶという願いはあったのだと私は思っています。ダビンチの活躍した15世紀、そのもっと昔から、紀元前とか有史以前とか、空を飛ぶという挑戦に挑んだ夢想家が存在していたに違いないと、私はそう思っています。記録には残っていないものがほとんどすべてですが、鳥の飛行を観察研究し、その羽の動きかたや性能、重心移動を考え、人間が空を飛ぶための歩行装具を設計し製作され試験飛行された。そのほとんどすべては失敗に終わっただろうし、多くの挑戦者が負傷を追い犠牲となったでしょう。そしてまた周囲からの嘲笑も受け、変わり者の発明家として生きた人がいたでしょう。

その発明品の飛行装具と題して鉛筆画で描いています。その元となるスケッチです。

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